川崎病で入院



ダウン症

ダウン症Kくん、3度目の入院「川崎病」と診断

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鼻水の風邪から・・・

2歳9カ月を迎えたわが家のダウン症のKくん。

双子の健常児のNちゃんとは違い、なぜか毎年この5月、6月あたりに大きな病気をして入院している。

2年前は、風邪をこじらせ「肺炎」と診断され6月に緊急入院。

昨年は5月にやはり「肺炎」で入院。

今年も4月末から5月にかけ、約1週間入院。

今回の病名は「川崎病」

まず「川崎病」と分かるまで入院後数日かかりました。

最初はやはり風邪が発端。

その後、何回近くの耳鼻科、小児科を受診しても症状が良くならず、どんどん悪くなり、しまいにはご飯、飲み物、お薬など一切飲食を拒否しだし、高熱を出し、嘔吐もし。

これではまずい。脱水になるのではと、時間も夕方6時近かったこともあり、大きな救急病院へ点滴をしにいこうと連れていったところ血液検査の結果がかなり悪く(CRPの数値が10を超え)、飲食がほとんどできないということから、入院をすすめられた感じでした。

昨年までの緊急入院とは違い、強制的ではなかったため少し迷いました。

でも、やはりKくんを少しでも早く楽にしてあげたいと思い入院を決断。

このときはまだ、「川崎病」なんて思いもしませんでしたので、2~3日点滴をすればすぐに良くなって退院できるものだとばかり思っていました。

入院してからも症状は悪くなるばかり・・・

病院の待合室で点滴を続けながら、入院準備に入りました。

4人部屋の病室に入ったのは、夜の11時過ぎ。

Kくんは高熱ときつさで、ときおり唸るように泣きながらも、眠りに入っています。

夜中の0時ごろ、看護婦さんが小声で入院の説明に来られ。

私も荷物を少し整理して、深夜3時ごろにKくんの眠るベットの端っこでウトウトしつついつの間にか少し眠っていました。

入院自体、病院は変われど3度目なので、慣れたとこともありました。

朝になり、熱が全くさがっておらず、看護婦さんに座薬を入れてもらうようお願いしました。

熱は40度ほどありました。

入院して少しは飲み、食べできるのかと思いきや、ますます拒否感が強くなり、口に近づけるだけでも嫌がって泣きます。

入院後2日間。

座薬を入れても、高熱はなかなか下がらず。

なんだか、手足がむくみだしたような感じ。

25日夜に入院し、27日にはおしり、足全体は赤黒くはれ上がったようになり、首から顔にかけても赤みが増しておりました。

手先も赤くむくんでいました。

特に下半身の赤さとむくみはひどかったため、私もとても不安になり、訪れる看護婦さんに先生にこの症状を伝え、再度診ていただくよう懇願しました。

入院してても、症状は悪くなる一方・・。原因は何なんだろう?このまま飲食ができなかったら、Kくんは死んでしまうんじゃないか。病院をかえたほうがいいんじゃないか・・。

私は不安でたまらなくなってきました。

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27日、小児科の先生の受診により、

sensei
「Kくんは川崎病かもしれません。お母さん、川崎病ってご存知ですか?」

とのお言葉がありました。

「川崎病・・」

正直私は「川崎病」は知りませんでした。

「川崎病とは」

 原因

川崎博士により、1967年に報告された全身の血管に炎症が起こり、特に心臓に送る血管(冠動脈)に障害が出てくる病気。原因を解明するための研究が続けられているけれど、いまだ原因として特定されるまでにはいたっていない。主に、4歳以下の乳幼児がかかりやすく、感染症をきっかけに発症する場合も多い。

 

どんな症状か

抗生剤に反応しない高熱が5日以上続く。手足の皮膚が赤く硬くなり腫れあがる。口唇の潮赤、腫れ、イチゴ状舌、咽頭粘膜の発赤。眼球の充血。BCG接種部位の発赤、リンパ節の腫腸。皮膚の不定型発疹。これら6つの主要主要症状のうち5つ以上を満たすものを本症と診断されるそうですが、5つに満たない不完全型も多く、確定診断には困難を伴う。

 

治療法は

急性期の炎症反応を早期に終息させ、後遺症となりやすい心臓の「冠動脈瘤」の形成を予防するため、川崎病と診断されたら、なるだけ早期に治療を開始3ることが望ましい。方法としては、「免疫グロブリン」と「アスピリン」の併用療法となります。

 

後遺症

川崎病が原因で心臓の筋肉に血液を送る血管(冠動脈)に炎症が起こると、冠動脈がこぶのように拡大し、「冠動脈瘤」ができます。川崎病の心臓の障害とは、この「冠動脈瘤」によって起こる狭心症・心筋梗塞・心不全などです。こぶは、発病後、7~8前後から現れる場合があります。こぶのサイズが3~4mmと小さい場合は、ほとんどが1年ほどで自然に縮みます。こぶのサイズが6~8mm以上になった場合は、自然に元の大きさに戻ることは難しいと思われ、血栓ができやすくなるため、心臓に障害を起こしてしまう可能性が高くなるため、注意が必要です。

簡単にまとめると上記のようなことのようで・・・

あまり詳しいことは分からないのですが・・・

先生曰く

ダウン症だから、「川崎病」になりやすいということではないようです。

ただ、ダウン症の子どもは、約半数くらいの子が、合併症で心臓に疾患があることが多いと聞いてましたので、この病気の後遺症が心臓に現れるかもとの説明を聞きとても怖くなりました。

Kくんの場合、「目が赤くなる」という症状だけが当てはまりませんでしたので、先生方も少し悩まれました。

しかし、翌日の血液検査の結果が、入院時よりもかなり悪くなっていたことが決定打となり、「不完全型川崎病」と診断され、その日から、家族の同意のもと、川崎病の治療がスタートしました。

今までの24時間の点滴に追加して、血液製剤の点滴を1日以上かけて入れていき、また毎食後、「アスピリン」の粉薬を飲むというものです。

飲食を拒否していたKくんでしたが、この「アスピリン」は絶対飲まないといけない薬らしく、毎回看護婦さんが来て、スポイドなどで口の奥に入れて手伝ってくださいました。

この「アスピリン」は小児用ではないので、とても苦く、また退院後もしばらく飲み続けなければなりません。

この治療を始めてしばらくすると、まず熱が下がり始め、そして体中の赤みと腫れがとれていきました。

むせながらも、飲み物を少し口にするようになりました。

血液製剤の点滴が終了するころには、ご飯(基本的には米中心、おかずはダメ)は食べれるように。

顔つきもずいぶん元気なときのいたずら顔が戻ってきてました。

血液検査の結果も標準値にかなり近づいておりましたので、この治療が効果を発揮したことと、先生方も悩まれましたが、やはり「川崎病」で間違いではなかったとの見解になりました。

担当医の先生が診てこられた「川崎病」の患者さんで、Kくんのように「目があかくならない」という子どもは初めてだったそうです。

退院

5月2日にKくんは無事退院しました。

4月25日に入院しましたので、8日間の入院生活でした。

退院前に「心臓エコー」の検査をしましたが、心配されていた「冠動脈瘤」認めらず、少しほっとしました。

が、定期的に「心臓エコー」の検査は必要で、まだまだ完全に安心というわけではありません。

でも、普通の風邪から飲食ができなくなり、「脱水」を心配し、ここの病院を受診できていて本当に良かったと思いました。

「川崎病」への対応が早かったおかげで、Kくんは元気になることができました。

逆にあのとき、原因が分からないままでいたらと思うととても怖い気がします。

退院後

退院したのが、ちょうどゴールデンウィーク中でしたので、保育園はお休みで、おばあちゃんと交代しながら、家庭保育で体を休め、

ゴールデンウィーク明けから保育園に復活しました。

喉、舌の炎症はかなり強かったのでしょう。

退院後、10日経ちますが、まだミルクを哺乳瓶で飲むときはむせたりします。

「アスピリン」の薬は朝食後だけになり、量も減っていますが、苦いためどうやって飲ませようかかなり悩みました。

小児用の薬のときは、「お薬飲めたね」のようなゼリーと一緒に飲んでくれるのですがダメでした。

それで、入院中、バニラアイスだけは口にしてくれたことを思い出し。

小さいスプーンにアイスをのせ、その上に薬をのせ、また少しバニラアイスをのせ、薬をサンドした形で口に入れると全く気付かれずに飲んでくれました!

吐き出されると怖いので、そのあと何口かはバニラアイスを食べさせ完了です。

退院後、1週間後の「心臓エコー」の検査では問題がなかったので、次回の検査のときも問題がなければ薬は終われるのかもしれませんが、まだはっきりは分かりません。

現在Kくんは、特に運運動の制限を受けることもなく、Nちゃんと一緒にはしゃぎまわるまでに回復しました。

いたずらも復活し、私に怒られることも。

ただ、赤くはれた体や手足の皮膚の皮がだんだん剥けてくるのがこの病気の特徴のようで、まず陰部や、お尻の皮がむけはじめた後、現在は手足を中心に皮がむけ続けています。

川崎病
 
川崎病

「心臓」に関する心配は残りますが、Kくんが元気になってくれてほんとに良かったです!

こいのぼり

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