奥山佳恵さんのお子様がダウン症というのは、結構みんな知っているんではないでしょうか?
本なども出されているみたいなので、一度読んでみたいなぁ、と思っていましたが。
急上昇検索ワードに、「奥山 佳恵ショック」って出てたので、何だろうと記事を読んでみたら。
先月18日、茨城県の件総合教育会議で、教育委員の方が、障がい者の施設を視察した上でその感想として、あまりも手をとり、大変で予算がかかりすぎたと思ったのか、「障がいの有無が妊娠初期に分かるようにできないのか」「茨城県では減らしていける方向になるといい」などと発言されたそうで、その事に対し、奥山さんは自身のブログで「障がい者もおんなじ命をもつ人間ですよ」という怒りとショックの発言をされたらしいです。
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結局、その発言をされた委員の方は、あまりにも非難が集中したので、辞表を提出されたとか・・・。
さらに、ネットでこういうニュースを見てショックなのは、いろんな人がコメントしている文章ですね。
「実際、障がい児が増えたら困るだろう」とか「親が死んだら困るだろう」とか、「親の自己満足で障がい児産んでどうすんだよ」とかいろいろ。
私も、自分の子どもが障がい児でなかったら、はっきり言って、こういうニュースに批判はしなくても、関心は持たなかったと思いますが。
ただ障がいと言っても、ダウン症もあれば、手や足や顔や内臓や、いろいろな器官に障がいを持って産まれる場合もありますし、生まれてくる時、また生まれた後に何らかの理由で障がいを負ってしまうこともあるかもしれません。
難病、介護、障がい、もしくは妊婦さん、乳幼児、高齢者・・世の中にはいろんな弱い立場の人々がいます。
そういう人達とみなさんはどう過ごしていきますか?
五体満足そろっていても、人を傷つけたり犯罪を犯す人もいます。人間が人間らしくあるというのは、障がいがないということでしょうか?
最近、少し感じるのは、世の中がどんどん合理化、スピード化していって、効率的でないものは必要ない、優秀でないものはいらないという風潮?。
なんだか殺伐した余裕、ゆとりのない社会?。そんな社会になってほしくはないけど・・・
とても難しい問題かもしれませが、ただ私たちのようにダウン症の子どもを育ててる親は、社会に対して正々堂々としてていいんじゃないでしょうか。
私も、もう少し大きくなったらKくんを連れていろんなところに連れて行きたいです。
それにしても、障がい者のがいの字を、害を使って書かれるのは少し嫌ですね。
まだまだ、いろんな記事には「障害者」って書いてあって。